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大阪地方裁判所 昭和45年(行ウ)31号 判決

堺市黒土町二三二九番地

原告

中嶋弘一

右訴訟代理人弁護士

下村末治

三瀬顕

鳩谷邦丸

野間督司

右訴訟復代理人弁護士

小寺一矢

堺市南瓦町二番二〇号

被告

堺税務署長

津村男

右指定代理人検事

兵頭厚子

同大蔵事務官

吉田秀夫

河野文雄

中西時雄

同訟務専門職

山田太郎

右当事者間の課税処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告)

一、被告が原告に対し、昭和四三年一一月二〇日付でした原告の昭和四二年度分の所得税につき、総所得金額を二八四万六、三八四円(再更正処分により減額された後の額)、所得税額を五六万五、八〇〇円とした更正処分中、総所得金額三七万六、九四四円を超える部分、所得税額につき総所得金額を三七万六、九四四円として算定した税額を超える部分、並びに過少申告加算税二万八、二〇〇円(再更正処分によつて減額された後の額)の賦課決定中、右税額の超過部分に相当する部分は、いずれもこれを取消す。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 原告はモータープール等を経営しているが、昭和四二年度分所得税につき、昭和四三年二月一九日総所得金額を三七万六、九四四円として確定申告したところ被告は、昭和四三年一一月二〇日付で右総所得金額を五三一万五、八二四円とする旨の更正並びに過少申告加算税七万八、四〇〇円を課する旨の賦課決定をなし、その頃原告に通知した(ただしその後同年一二月一四日付で右総所得金額を二八四万六、三八四円とする旨の減額の再更正並びに過少申告加算税を二万八、二〇〇円とする旨の処分をなし、同一二月一七日原告に通知した。)

2. 原告は昭和四三年一二月一六日当初の更正並びに過少申告加算税賦課処分につき、被告に対して異議の申立をなしたところ、被告は昭和四四年二月二四日付でいずれもこれを棄却する旨の決定をなし、その頃原告に対してその旨通知した。

3. そこで原告は、同年三月二〇日大阪国税局長に対し審査請求をなしたところ、同局長は昭和四五年二月二六日付でこれを棄却する旨の裁決をなし、原告は、その頃右裁決書謄本を受領した。

4. しかし原告の昭和四二年度の総所得金額は確定申告のとおりであり、被告のなした本件更正には原告の所得を過大に認定した違法があるので、更正並びに過少申告加算税賦課決定は取消を免れない。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実のうち、原告がモータープール等を経営しているとの点は不知、その余の事実は認める。

2. 同2、3の事実は認める。

3. 同4の事実については、後記被告の主張のとおりである。

三、被告の主張

1. 原告は、肩書地に住所を有し、堺市南三国ケ丘町四丁目三番一一号所在の訴外中嶋商事株式会社(以下中嶋商事という)の代表取締役である。

2. 原告は、本件係争年中に自己所有の堺市北長尾町五丁目二〇三番地の三の土地三四・七二平方メートルおよび同番地の六の土地二四三・五九平方メートル、合計二七八・三一平方メートル(以下本件土地という)を訴外江口豊外一名に五四三万六、〇〇〇円で譲渡したが、本件土地は、原告が中嶋商事に賃貸していたから、同年の所得税については、右譲渡資産が租税特別措置法(以下単に措置法という)三八条の六、一項(事業用資産の買換)に該当するものとして、譲渡所得金額は0円であり、従つて係争年度の課税総所得金額並びに申告納税額は共に0円となる旨の確定申告をなした。

3. しかし被告は、調査の結果左記理由により、右譲渡資産が措置法三八条の六、一項、同法施行令二五条の六、一項所定の事業用資産に該当するものとは認められなかつたので、この点を否認した。

(1)  中嶋商事の本件土地に対する利用の実情とその必要性から判断して、原告と中嶋商事との間には、本件土地につき賃貸借契約は存在しなかつたものと思料される。即ち、

(イ) 本件土地は何れも別紙図面の如く、もと原告所有の堺市北長尾町五丁目二〇三番地(分筆前)の土地七二七・二七平方メートル(約二二〇坪)の一部であつたが、原告は昭和三八年一一月頃現在の地番二〇三番地の一の三五四・三九平方メートル(約一〇八坪)のうち東側の部分(別紙図面に(A)と記載してある部分)に、木造瓦葺二階建、建坪一四二・一五平方メートル(約四三坪)の賃貸用住宅を建築し、他方昭和三九年二月一七日には他六名の者と共に不動産賃貸業を目的とする中嶋商事(資本金一〇〇万円)を設立して自ら代表取締役に就任し、その後間もなく前記賃貸用住宅を中嶋商事に三三九万六、一一〇円で譲渡した。

そして中嶋商事は昭和四一年四月頃、別紙図面中(B)と記載されている土地部分に賃貸用住宅(建坪約二二坪)を、又現在の地番二〇三番地の二ないし四の部分には三戸建一棟の建売用住宅を夫々建築し、昭和四一年四月七日二〇三番地の二の地上建物を訴外広岡利一に、同年一一月一二日二〇三番地の四の地上建物を訴外松坂美千代に、又昭和四二年五月三一日、二〇三番地の三の地上建物を訴外河村公夫に夫々売却したものであり、その際、原告もこれら建物敷地を前記各建物買受人らに夫々二〇三番地の二については四七万二、〇〇〇円で、他の前記二筆についてはいずれも五〇万円で売却している。原告は、このほか昭和四一年一〇月七日に二〇三番地の五の土地一六・五四平方メートル(約五・〇一坪)を二〇万円で訴外広野芳太郎に、翌四二年五月三一日に二〇三番地の六の土地二四三・五九平方メートル(約七三・六八坪)を訴外江口豊に四九三万六、〇〇〇円で売却している。

以上明らかなとおり、原告は、二〇三番地の一の土地を除きその余の各土地を、中嶋商事が設立され原告から賃貸用住宅を買い受けてその敷地の賃貸を受けたとみられる昭和三九年二月からわずか三年間と言う短期間中に、いずれも中嶋商事以外の者に売却しているものである。とくに二〇三番地の六の土地は譲渡当時まで未整地であつた。これらの事情からいうと、中嶋商事がその事業目的に沿つて現に利用しまたは利用しえたのは、二〇三番地の一のみであり、原告が二〇三番地の一以外の各土地(本件土地を含む)を中嶋商事に賃貸していたとは思えない。

(ロ) 原告と中嶋商事間には本件土地につき賃貸契約書などは作成されておらず、その賃貸借の土地の範囲を明らかにする書面なども存しない。

かえつて、中嶋商事が昭和四〇年分の確定申告書に添付した不動産の使用料の支払調書(乙第一号証の二)によると原告が中嶋商事に賃貸した土地の面積は一〇〇坪と記載されている。これは、中嶋商事が原告から譲り受けた賃貸用住宅の敷地となつている二〇三番の一の面積三五四・三九平方メートル(約一〇八坪)にほぼ一致している。

(ハ) 又中嶋商事は昭和三九年二月以降原告に対し、地代として、年額六万円を支払つているが、前記のとおり二〇三番地の二から六までの土地が他に分譲された後も、同額の地代が減額されることもなく支払われている。

(ニ) 本件土地の昭和三八年当時の相続税評価額(売買実例に比し低く査定されている)は、三・三平方メートル当り三万五、〇〇〇円であり、年利廻りを五分五厘として利廻り方式で二〇三番地の土地全部(二二〇坪)の適正地代を算定すると、三万五、〇〇〇円となる。又右相続税評価額によらずに、原告が昭和四二年五月三一日訴外江口豊に譲渡した価格である三・三平方メートル当り六万七、〇〇〇円を基準にして、本件土地の価格を右譲渡額の半額以下である三・三平方メートル当り三万円とみた上、右と同じ利廻り方式で適正地代を算定してみても三六万三、〇〇〇円となつて、いずれにしても前記六万円の地代額はこれら金額に比較すると、二〇三番地全部の地代額としては低額に過ぎ、むしろ前叙のところを総合勘案すると、二〇三番地の一のみの地代と考えるのが相当である。

(ホ) なお、原告は、昭和四一年度分所得税確定申告に際し、同年中に売却した前記二〇三番地の二、四、および五の各土地の譲渡所得について本件同様措置法三八条の六の適用ありとして申告したが、被告がこの点を否認するや、昭和四四年三月二〇日大阪国税局長に対し審査請求をなしたものの、同年九月二日には自ら右請求を取下げた。

(2)  仮りに原告と中嶋商事との間で本件土地が賃貸されていたとしても、前記年額六万円の地代は、前記3の(1)の(ニ)に記載のとおり低額に過ぎて、措置法施行令二五条の六、一項における「相当の対価」と言うことは出来ない。

4.(一) そこで被告は、原告の申告とは別個にこの点につき所得税法三三条二二条二項二号を適用し、左記算式によつて原告の譲渡所得金額を二四六万九、四四〇円と認定した。

(1) 収入金額 五四三万六、〇〇〇円

(2) 譲渡経費 一九万七、一二〇円

(3) 譲渡益((1)マイナス(2)) 五二三万八、八八〇円

(4) 譲渡所得の特別控除額 三〇万円

(5) 特別控除後の譲渡所得金額((3)マイナス(4)) 四九三万八、八八〇円

(6) 課税標準譲渡所得金額((5)の二分の一) 二四六万九、四四〇円

(二) そして右以外の確定申告項目については、原告の申告額をそのまま認容して、原告の係争年度の所得税額、過少申告加算税を算定すると、

(1) 農業所得金額 0円(原告確定申告のとおり)

(2) その他の事業所得金額 四、九四四円(原告確定申告のとおり)

(3) 不動産所得金額 一四万円(同)

(4) 給与所得金額 二三万二、〇〇〇円(同)

(5) 譲渡所得金額 二四六万九、四四〇円(前記3に認定のとおり)

(6) 総所得金額 二八四万六、三八四円

(7) 所得控除額合計 四二万五、七六〇円(原告確定申告のとおり)

右内訳

ア、社会保険料控除 一万三、八六〇円

イ、生命保険料控除 三万七、五〇〇円

ウ、損害保険料控除 一、九〇〇円

エ、配偶者控除 一四万五、〇〇〇円

オ、扶養控除 八万円

カ、基礎控除 一四万七、五〇〇円

(8) 課税所得金額 二四二万円(一、〇〇〇円未満切捨)

(9) 所得税額 五六万五、八〇〇円(一〇〇円未満切捨)

(10) 過少申告加算税額 二万八、二〇〇円(同)

以上のとおり、結局本件更正処分は原告の真実の所得金額に一致しており、なんら違法はない。

四、右に対する原告の認否並びに反論

1. 被告の主張1、2の事実は認める。

2. 同3の(1)のうち(イ)の事実は賃貸土地の範囲を除き認める。

原告が二〇三番地の二ないし六の土地を、昭和三九年二月から三年間で他の者に譲渡したのは、当初、原告は二〇三番地の全部に逐次賃貸用住宅を建築する予定で、まず前記Aの部分に賃貸用住宅を建築したのであるが、その頃、事業の発展拡張のためにはむしろこれを法人組織にした方が好都合と考え、中嶋商事を設立の上、これに右建物を譲渡し、且つ二〇三番地(本件土地を含む)全部を賃貸したものである。

ところがその後建売住宅が脚光をあびるところとなつたので中嶋商事は建売住宅建築にも業務を拡張することとなり、建売住宅が次々と同地上に建築されて被告主張の買受人に譲渡されることとなつたが、右買受人らは建物敷地をも同時に買受けることを希望したので、原告は前記のように一且、中嶋商事との間で有効に成立していた本件土地の賃貸借契約を解除して、あらためて原告から右建物買受人らに右土地をその敷地として譲渡することとなつたものである。

又中嶋商事が二〇三番地の六の地上に賃貸住宅若しくは建売住宅を建築しなかつたのは、昭和四二年五月頃建築資金に窮しており、大手企業がその頃建売住宅面にも進出して来てこれとの競争力がなかつた故であつて、中嶋商事に右土地を利用する意図がなかつたからではない。

3. 同(ロ)の事実は認める。しかし原告は、昭和三九年度の所得税確定申告以来、確定申告書並びに中嶋商事の決算書等、税務署への提出書類には、全て二〇三番地全部を賃貸している旨申告して来た。被告も中嶋商事の昭和四一、四二年度の法人税につき、中嶋商事が原告から二〇三番地全部を賃借しているものと認定の上、前記建売住宅は右借地権付で譲渡されており、従つて原告が右買主から受領した代金中には、中嶋商事の財産である借地権の対価が含まれており、この部分は役員賞与にあたるものと判断して更正処分をした。これに対し原告が、右賃貸借契約は右住宅売買の際解除されているので借地権の対価なるものはない旨異議を申立てたところ、結局被告は右異議を認めた。

又被告主張の昭和四〇年度の確定申告について、支払調書(乙第一号証の二)に一〇〇坪と記入したのは、中嶋商事の事務担当者が事務不慣れのため、申告書添付書面の計算の基礎欄に、正しくは支払金額の基礎となる賃借期間を記入すべきところ、誤まつて一〇〇坪と記入したに過ぎず、これを以て直ちに本件土地が賃貸されていなかつたと言うことは出来ない。

4. 同(ハ)の事実は認める。

しかし原告と中嶋商事との間では前記地代につき賃貸借契約の当初からこれを徐々に値上げしていく予定であつた。

5. 同(ニ)の事実のうち、原告が訴外江口豊に譲渡した土地代価が、三・三平方メートル当り六万七、〇〇〇円であつた点を認め、その余を否認する。

6. 同(ホ)の事実について、原告が被告主張のとおり審査請求を取り下げた事実は認める。しかしこれは、二〇三番地の二、四、五の買換資産を急に他へ売却して、前記措置法適用の要件を欠くこととなつたためである。

7. 同(2)の主張は争う。低額に過ぎるとはいえない。

8. 同4の事実(一)のうち(1)(2)を認めその余を否認する。

(二)のうち(5)、(6)、(8)、ないし(10)を否認し、その余を認める。

9. 以上のとおり、原告は、本件土地を、昭和三九年二月から昭和四二年五月それが他に譲渡される日の直前まで、継続して中嶋商事に賃貸していたもので、同行為は、当時の措置法施行令二五条の六、一項にいう「事業と称するにいたらない不動産………の賃付け………で相当の対価を得て継続的に行うもの」に該当することは明らかであり、従つて本件土地の譲渡は、措置法三八条の六、一項の「事業(事業に準ずるものとして政令で定めるものを含む)の用に供しているものの譲渡」に該当し、事業用資産の買換の特例の要件を充たすものである。ちなみに、原告は、同条の適用を受けるため本件所得税確定申告に際し、右譲渡年の翌年中に買換を予定していた資産につき取得価額の見積額および取得予定日に関する承認申請書を被告宛提出したところ、被告はこれを承認した。

五、右に対する被告の反駁

1. 原告の反論3のうち、被告が中嶋商事の昭和四一、四二年度の法人税につき原告主張の二〇三番地全部の賃貸借を認定し、その主張の役員賞与の認定をして更正処分をなし、後これを取り消したことは認める。しかし右は原告と中嶋商事との間に、二〇三番地の二ないし四の土地につき、かつて賃貸借関係があり、且つこれが解約されたことを認めたからではなく、むしろ当初より同地につき賃貸借契約は締結せられていなかつたと判断したからにほかならない。

2. 又原告の反論9のうち、原告がその主張の承認申請書を被告に提出し、被告がその承認をなした事実は認める。

しかし右承認は本件土地の譲渡が措置法三八条の六、一項の要件を充足したことまで認めた趣旨ではない。即ち措置法三八条の六、四項所定の確定申告書記載項目中、買換資産の取得見積額については承認済の見積額を記載することが要求されており、右承認とはかかる見積額についての承認に過ぎないものであつて、同法三八条の六、一項の特例の適用を受けるについては更に税務署長の調査を要することとなつているのである。

第三、証拠関係

(原告)

甲第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七号証を提出。原告本人尋問の結果を援用。乙号各証の成立はすべて認める。

(被告)

乙第一号証の一、二第二ないし第六号証を提出。証人菅正之の証言を援用。甲第一、第二、第五号証の各成立は認め、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一、請求原因1の事実中、原告がモータープール等を経営しているとの点を除くその余の事実並びに同2、3の事実、又被告の主張1、2の事実並びに4の事実のうち(一)の(1)(2)並びに(二)の(1)ないし(4)、(7)(内訳(ア)ないし(カ)を含む)については当事者間に争いがない。

二、本件の争点は、原告が中嶋商事に対し本件土地を相当の対価を得て継続的に貸付けていたか否かにあるので、以下この点につき判断する。

1. 被告の主張3の(1)の(イ)の事実は賃貸土地の範囲を除き当事者間に争いがない。

原告は、三年間に前記二〇三番地の二ないし六を売却するに至つたのは、原告の事業としようとしたのが中嶋商事のそれとなり、また当初の賃貸用住宅の計画が建売住宅に変更されたりしたためであると主張する。しかしながら原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、原告の事業として二〇三番地全体に賃貸用住宅を建築する等の具体的計画はなかつたこと、中嶋商事の設立をしたのも、原告の妻がもと他の会社の事務員をしていたところから会社組織にしたほうがよいであろうと考えた程度で、別に深い思慮があつたからではないこと、中嶋商事の経営の実体は、原告とその妻の二人だけの経営に過ぎず、資金面でも充分の銀行融資を受けられる程には信用もなかつたこと、その上中嶋商事が設立される三か月程前に原告は二〇三番地の一のA部分に賃貸用住宅を建築してかなりの資金を投下しており、その回収は同建物が賃貸住宅である点からかなり長期を要するものと考えられ、原告も中嶋商事設立に当つて右の点を自覚していたことが認められる。そしてこれらの事実によると、中嶋商事に、その設立当初から二〇三番地の土地全部を利用する計画があつたとはとうてい考えられず、全部を賃貸借契約の目的とする契機はなかつたものというほかはない。

2. 次に、被告の主張3の(1)の(ロ)の事実についても、当事者間に争いがない。

原告は、まず、税務署に提出した書類には、二〇三番地全部が賃貸借の目的物である旨記載したと主張するのであるが、証人菅正之の証言および弁論の全趣旨によると、さような事実はなかつたことが窺われる。ただ、甲第三号証は、中嶋商事が昭和四一年に原告に対して支払つた地代に関する支払調書であり、これには、右二〇三番地としか記載されていないから、この記載が二〇三番地全部を表わすものともいえそうである。しかしながら成立に争いのない乙第一号証の一、二によつて認められる中嶋商事の、昭和四〇年度の確定申告書およびその添付書類の記載内容に照らすと、右昭和四一年度の支払調書は、昭和四二年三月ころ被告に提出された昭和四一年度の確定申告書に添付されたそれの写と思われるところ、さきにみたところによると、同支払調書が作成せられた当時には、すでに、二〇三番地の土地は分筆せられたうえ、そのうちの一部は広岡利一ほか二名に売却せられていたのであるから、右支払調書上の二〇三番地という表示は、二〇三番地全部を意味するものでないことが明らかである。

次に、被告が、昭和四一、四二年度の中嶋商事の法人税につき、前記二〇三番地全部についての賃貸借契約が存在するものとして、原告主張の役員の賞与を認定して更正処分をし、後にこれを取り消したことは当事者間に争いがない。原告は、この取消は被告が、原告の土地売却の際中嶋商事との間の賃貸借契約の解除を認めたからであると主張するのであるが、証人菅正之の証言によると、被告が右の取消をしたのは、最初から二〇三番地のAの部分以外に賃貸借関係がないものと認めたためであることが認められる。

この点に関する原告本人尋問の結果および甲第四号証は、いずれもその趣旨が明確でなく、右認定を左右する証拠とはなりえない。

又原告は、前記昭和四〇年分不動産の使用料等の支払調書(乙第一号証の二)の計算の基礎らんに一〇〇坪と表示したのは、賃借期間を記入すべきところを、中嶋商事の事務担当者が誤記したものであるというのであるが、このらんには、その年中の賃借期間中、単位当たり賃借料戸数、坪数等を記載することとされているのである(所得税法施行規則別表第五(二一)備考2(5))から、賃借面積を記載するのはなんら誤りではなく、しかのみならず、昭和四〇年に一年間にわたり賃借している場合、賃料算定の基礎となる資料としては期間よりもむしろ坪数を記載する必要があるものというべきであろう。従つて一〇〇坪と記載したのは、事の真相を表わすものと解するのが相当である。

3. 被告主張の3の(1)の(ハ)の点も当事者間に争いがない。

原告は、地代を徐々に増額する予定であつたと主張し、原告本人の供述中にはこれに沿う部分があるが、同供述および弁論の全趣旨によると、賃貸借の目的物の減少に伴う賃料増額の割合についての合意があつたとも思われないので、賃料六万円は、本件土地等の売却とは無縁のものであつたとみるほかあるまい。甲第四号証は、その記載内容自体の意味が不明であり、この点についての原告本人の供述もあいまいであつて採用のかぎりではない。

4. 原告が中嶋商事から地代名下に年額六万円の交付を受けていたこと、および原告が昭和四二年訴外江口豊に譲渡した土地の代価が三・三平方メートル当り六万七、〇〇〇円であつたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二ないし第六号証および弁論の全趣旨によると、二〇三番地の土地の昭和三八年当時の相続税評価額は三・三平方メートル当り三万五、〇〇〇円であることが認められる。右事実によると、昭和三九年当時における二〇三番地の土地の価額は三・三平方メートル当り三万円以上であつたとみるのが相当である。そして一般に行われている土地賃料の算出方法を採用し、二〇三番地全体の地積七二七・二七平方メートル(二二〇坪)を乗じた額を土地への投下資本の元本とみた上、年利五分五厘でその年間総利潤額を計算すると、その額は三六万三、〇〇〇円となる。

従つて、これによると、前記原告が中嶋商事から受領していた六万円は、二〇三番地全部の賃料としては甚だ低額であるということになる。

5. 以上の事実をかれこれ総合して判断すると、原告は中嶋商事に対し本件土地を賃貸していなかつたものと認められる。従つて本件土地は、いずれも中嶋商事に相当の対価を以て継続的に貸付けていた不動産には相当しない。

なお、原告が被告に対し、買換予定資産の取得見積額および取得予定日に関する承認申請をし、被告がそれを承認した事実は当事者間に争いがないが、この承認は買換のもとになつた譲渡資産が、相当の対価を以て、継続的に貸付けされていた財産であつた旨の判断まで含むものではない。従つて、この承認のあつたことは、前記認定の結果を左右し得るものではない。

そして右認定事実に前記当事者間に争いのない事実を総合して原告の係争年の所得額等を計算すると、被告主張のとおり総所得金額は二八四万六、三八四円となり、従つて同額を基とした更正処分(再更正により一部減額)並びに過少申告加算税額の賦課処分は何ら違法でないといわねばならない。

よつて原告の本訴請求は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 飯原一乗 裁判官 弓木龍美)

別紙

〈省略〉

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